ぐうたらマスダ、最大の悲しみからの画家活動の始まり。

ぐうたらマスダが画家活動を始めるまでの物語。

▼ぐうたらマスダのヒストリー【3】はこちら*

ぐうたらマスダ、さんざん遊んでからの気付き。

2018年3月14日

 

お仕事を辞めウツもだんだんと良くなってきた頃、マスダの中に新しい命が宿ります。
書いていませんでしたが、マスダ28歳の時に結婚していたのでした。

 

 

ダメなら離婚すればいい。

28歳のときに結婚したマスダでしたが、マスダの母親がバツ2で血のつながりのない気の合わない父親と暮らしていたという事もあって、「結婚」や「家庭」というものに憧れなんてありませんでしたし、正直そんなに深く考えずに結婚しました。

ま、結婚してみてダメだったら離婚すればいいんじゃね?

くらいな感じです。

友達に結婚する事を報告したら、「え、大丈夫?(←お前に結婚生活なんて送れるのか?的なニュアンス)」って言われるくらいに、マスダと「結婚」はあまり結びつかないものでした。

 

ただ子供が出来たとなると話は変わります。

子供が生まれたのは31歳の頃。
マスダ自身、母親の離婚によって辛い日々を経験していたので、子供が出来たからには絶対に何があっても離婚しない。。!と誓いました。

自分の子供に自分と同じような経験は絶対にさせたくないと思ったのです。

 

宇宙人との暮らし。

。。そう思ったものの、正直マスダのまわりに子供がいる友達もいませんでしたし、マスダ自身それまで生きてきて子供にぜんぜん興味がありませんでした。

そんなマスダに降って湧いてきた(←降って湧いてはない)赤子は、マスダにとっては宇宙人のようなもの。

宇宙からやってきたこの生き物はどう扱えばいいんだ?状態。パニック!

 

0歳時代なんてもう子育ての楽しみなんてあったもんじゃなく、いやもう正直つらかったです。
1歳くらいになってドキドキの公園デビューとかして、ママ友なんかが出来始めるとだんだんと楽しくなってきたり、今までになかった「母親」としての母性みたいなものがマスダの中にも生まれてきたことも新鮮でした。

新たな自分との出会いや今までになかった新しい世界。

そんな今までとは違った世界を生まれてきた子供と一緒にずっとずっと進んで行くはずでした。
子供が生まれた時は世田谷区に住んでいましたが、マスダ自身田舎で育ったこともあり「もっと自然の多い所で育てたいなぁ。」と思い海の側、鎌倉の方へ引越したりもしました。

海へ行ったり、仲良くなったお友達とお出かけしたり。
そんな毎日は2年4ヶ月で終わりを迎えることとなります。

 

詳しい事は他の記事に書いています。

子供が動かなくなった日。そこからの気付きと覚悟。※追記あり

2018年3月10日

 

ぐうたらだったマスダの人生を変えた人。
どうしようもないマスダにいろんな事を気付かせるために生まれてきてくれたんじゃないかって思えるくらいに、とても優しく物怖じしない子供だった。

その子供を亡くして、マスダの画家人生は始まりました。
最大の悲しみからのスタートでしたが、最大の悲しみによる気付きも本当にたくさんあって、今までのマスダを変えさせてくれた。

ぐうたらだったマスダはここから後悔なく生きて行く事を決心しました。
こんなに大変な事が起きないと気付かない本当にバカなマスダですが、これからも後悔ない日々を送っていきます。

マスダ トモミ
ぐうたらマスダのヒストリー、長くなってしまいましたが
ここまで読んで下さりありがとうございます。
読み返したら始めは東京に旅立つきっかけまでを書いてみますって言ってるけど、いやぜんぜんとっくに旅立ちゃって30歳超えちゃいましたね。すみません〜では*

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ABOUTこの記事をかいた人

増田 智己

手刺繍入り画家。 アパレル販売員から、とあることがきっかけで画家活動開始。 ワークショップもやってます。 北海道出身。埼玉県在住。アウトサイダーアート・子供の絵が好き。 現在はおばあちゃんちみたいな平屋で制作中・都会に近い田舎暮らし。 ふがし・チョコ・みかん・庭の剪定が好き。