34歳からの画家としての道。

マスダは小さい頃から絵を描いたり、作ることが好きだったので

「絵を描くお仕事をしていきたいなぁ〜」

と小学生くらいから思っておりました。誰にも言ってないけど。

 

ただ問題はマスダ、とてつもなくぐうたらな人間だったのです。。!
努力とかマジ嫌いっす〜的な感じで生きていましたし、自分の目的を目指すよりも楽しい方へ流れていってしまう意志の弱さもハンパなかったです。

そんなマスダがなぜか34歳から、画家として活動を始めました。
マスダにとってとてつもなく大きな事件があったからなんですが、まあそこそこな中年女子がどうやって活動していったかをここでは書いてみようかなと思います。

ほら、なんか役立つかもしれないしね。役立たないか。

でも、こんな感じで活動してる人もいるよ〜っていうのを叫んでみたいと思います。

 

30代半ばから画家活動を始めたきっかけ。

他の記事に書いたりはしているんですけど、マスダとてつもなく大切な人を亡くして、この道に進んだ訳なんです。

この道に進んでいけばいいんだなっていうふうに自然となっていきましたし、この道に行かないともう後悔すると思いました。
悲しかったことはここではあまり書きませんが、ぐうたらでテキトーだったマスダにとって人生の転機と言っていいくらいの出来事で今までの生き方を改めさせられました。

 

大切なことは失ってから気付くものと言いますが、本当にその通りでこの出来事からいろいろなことに気付かされ、「後悔する生き方はしない。」と決心し画家活動を始めます。

 

とにかく活動していることを伝えてみた。

活動していくことと決めた訳なんですけれども、今までずっとマスダはアパレルの販売員をやっていたのでまったく絵に関係する人とのつながりがゼロ。

自分を売り込んでいく、営業するということも小心者ですから出来るわけがありません。

。。そんなマスダが出来ることはSNSやブログなどで絵を載せ、活動しています!ととにかく発信し続けることでした。
自信があるなし、上手い下手とか関係なく、とにかく何も考えないで(本当に考えてなかった気がする)絵を見せ続けること。

そうしたら何かしらお声がけしてくださるところがあるのではないかと思います。

 

マスダはとても運良く、活動始めからお声がけいただき出展したら次の展示へつながる。。ということが続いたので本当にいろいろな経験をさせていただきました。

企画ギャラリーさんでの展示、海外での展示、ライブペイントなんかもその当時描いたこともない150号という大きなキャンバスに描かせていただく機会をいただいたり、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

▼150号キャンバスに描かせてもらったライブペイント。ちゃんとライブペイント料もいただいて、めちゃ嬉しかった。

▼企画ギャラリーさんでの展示。他の出展されている作家さんたちの技術が凄すぎて、マスダビビる。

 

▼以前やっていた村上隆主催のGEISAIに初めて出展したときに、名古屋の企画ギャラリーさんにお声がけいただき、個展をさせていただくも、現代アートってキレイに上手に描かなければいけないんじゃないかと思い込んでしまい、今までとまったくテイストの変わってしまった作品を発表するバカなマスダ。

 

▼海外のアートフェアとかにも作品を出展させていただいた。。が、マスダ自身は行っていないのでどんな感じだったのかはさっぱりわからない。

 

いろいろな経験をさせていただきつつ、活動を始めたばかりのマスダは迷走し始めます。
他の作家さんたちはちゃんと美大に行っていたり、しっかりとした技術を持っていたりで、30過ぎてぽよ〜んと活動を始めたマスダは自分の作り出すものに自信が全く持てなかったですし、技術もないのになんかキレイにまとめ上げようとし始めたのです。

俗にいう美大コンプレックスっていうやつに長いこと悩まされました。

 

バカだよ、あんたホントバカだよ。。!

と、この時のマスダに言ってやりたい。
だんだん描くのも楽しくなくなってきてしまいつらい時期もありましたが、だんだんと美大に行かなかったものの強みみたいなものも感じるようになって来て、少しずつ美大コンプレックスも薄れていったので今は一安心です。

 

子育てでいったんお休みする。

そんな中、活動を始めて2年くらいの時です。

マスダのおなかの中に子供を授かることになりました。。!
この時は本当に嬉しくて、そして妊娠中はだんだんとおなかの中の子供に自然と集中していくようで、

「展示なんてどうだっていいさ。。」

という気持ちになってしまっていました。
なので、活動ペースもかなりのんびりペースとなり本格的に活動を再開したのは子供が幼稚園へ通うようになってからとなりました。

 

活動再開と画家として食べていくために考えたこと。

子供が幼稚園に行くようになり、活動を再開し展示もいろいろとさせていただきました。

ただ、収入はずっと安定せずにいました。
展示をしたとしても作品が売れなければ収入にはなりませんし、絵具やキャンバスを買うことも出来ません。

どうしたらええんかの。どうしたら画家になれるんかの。

ずっとそう思っていたのですが、あるときこう思い立ちました。
どうやったら画家になれるんだろう、と考えるのではなくて

「私は画家だ。んじゃ来月画家としての収入を得るにはどうしようか。」

と考えを変えてみたのです。

そうしたら、なんということでしょう〜*

考えを変えてみると行動も変わっていくようで、そう考えを変えた時から不思議と収入がゼロという月はなくなったのです。
めっちゃくちゃ稼いでいます!ということは正直ありませんが、活動していくのに困らないくらいの収入になっていきました。

考え方ってとても大事と気付かされたことでもありました。

 

あきらめたら、そこで試合終了だよ、ってホントいいこと言う。

スラムダンクのあのおっちゃん(詳しく知らない。。)の言葉でよく使われる言葉ですが、ホントそうだよね!って思います。

あきらめるのもあきらめないのも結局は自分次第で、誰かにやめちゃいなよって言われてやめるのを決めるのも自分だし、何と言われてもやめないって決めるのもぜ〜んぶ結局自分自身。

 

マスダも30過ぎてから画家活動始めますって、こいつヤバくね?って思っている人がいるかもしれないし、なんでこんなやつがやってんだろ?って思う人もいるかもしれない。

でもそんなのマスダにとってはどーでもいいこと。

マスダの人生はマスダのもので、マスダ自身がこう生きたいって決めて生きてきてるし、これからもマスダが生きたいように生きていく。

ま、迷走することも多々あるけど。

でも誰に何と言われようと「絵を描いて生きていく。」ことは絶対に一生やっていきます。
そして、絵や絵の活動で人の役に立てたらっていうのも実は思っているところでもあります。

 

きっとどんな人にもこうして生きたいっていうその人だけの道はあると思ってる。
誰とも被らない、誰と争うこともないその人にぴったりなその人だけの道。

地位や名誉やお金を一番に考えるんじゃなくて、その人がやっていて生き甲斐と感じること。
その人の心が満ち足りる生き方。

 

どんな人にもきっとあるその道を、マスダはまだまだ突き詰めて後悔なく生きていこうと思います。

 

▼コンペに3回チャレンジして、3回目にしてついに最優秀賞をいただいた作品。
タイトル「その声はほんとう?」

 

▼マスダの活動履歴・賞歴はこちら*

増田 智己(マスダ トモミ)活動履歴・賞歴など。

2018年1月11日

▼超絶ぐうたらだったマスダの詳しいプロフィールもあります!
 ぐうたらマスダのヒストリー

ぐうたら生活で超絶人見知りなマスダ、人見知り克服のための荒療治とは。

2018年3月12日

マスダ トモミ
あんまり重苦しくなく楽しい感じで書こうと思ったんですが、結局後半は熱くなってしまった。。

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ABOUTこの記事をかいた人

マスダ トモミ

手刺繍入り画家。 アパレル販売員から、とあることがきっかけで画家活動開始。 ワークショップもやってます。 北海道出身。埼玉県在住。アウトサイダーアート・子供の絵が好き。 現在はおばあちゃんちみたいな平屋で制作中・都会に近い田舎暮らし。 ふがし・チョコ・みかん・庭の剪定が好き。