【子供の突然死を経験するということ。2】乗り越えなくてもいい悲しみもある、と思っていたけれど。

この記事は自分自身のため、そして必要な人に届けばいいと思って書いたものです。
はじめにこちらをお読みいただいてから読み進めていただけると幸いです。

【子供の突然死を経験するということ。】はじめに。

2018年1月1日

 

私はずっとずっと本当に最近まで、乗り越えなくてもいい悲しみもある。その悲しみを持って進んで行けばいい。。そう思っていました。

その気持ちはこちらの記事にも書いています。

子供が動かなくなった日。そこからの気付きと覚悟。※追記あり

2018年3月10日

それくらいに本当に辛いことはあるし、ずっと悲しいことだってある。
そう思っていたのに、それでいいって思っていたはずなのに、今はまたちょっと変わってきている自分がいます。

 

自分よりも絶対に先に死ぬなんて考えたこともない、自分のおなかの中で育った、そしてそこから生まれてきた子供という存在。

その子供を突然死で失うということは、とてつもなく悲しいことでしたし、絶望感や後悔の気持ちもずっとずっと長くありました。

 

でもとてつもない悲しみもありつつ、多くの気付きがあったことも事実です。
本当に大切なものを失った時に気付く、大切なこと。

それを私は伝えたいのかもしれません。
自分でも正直よくわかりませんが、子供を亡くしてから11年目の今、この心の変化と共に、子供が生まれそして失ったことについてを綴っていきます。

 

初めての子育て、そして葛藤。

正直私は子供好き、という訳ではありません。

今はかわいいな、と思ったり愛おしく思う気持ちもわかりますが、子供が出来るまでは「好き」「嫌い」の範囲の中にもなかったというか、興味がありませんでした。

でも結婚し、アパレルでの仕事を辞めてから自然と子供が出来、子供が出来たからには絶対に離婚はしない!と、私自身バツ2の母親に育てられ、義父との関係が全然上手くいかず辛い経験があったため、そう心に強く誓ったことを覚えています。

そしていざ子供が生まれたものの、もともとそんなに子供に興味がなかったので、小さな宇宙人がやってきたようでした。
どうしたらいいかまったくわからず、育児本を読みながらとにかく必死に育てていたので楽しむ余裕などなく、0歳児代は正直本当につらかったです。
楽しむ余裕なんてありませんでした。

1歳を過ぎて、歩けるようになってくるとだんだんと行動範囲が広がりママ友なんかも出来てきて少しずつ余裕が出てきた気もしますが、まだまだ子育てに必死で自分がずっとやりたいと思っていた絵での活動もままならない感じでしたので、

「ああ、もうこのまま絵の活動は出来ずに私の人生は終わっていくのだろうか。。」

という気持ちは心の片隅にずっと持っていたのです。

 

今考えると、私自身が勝手にそう決めつけ、絵の活動も子育ても出来るような環境を作っていませんでしたし、勝手にあきらめて何もしていなかった部分も大きくあるのですが、その当時は子供が出来ちゃったから。。という子供のせいと言うか子育てのせいにして、逃げていた自分がいました。

 

私は大切な存在を失うまで、そんな甘っちょろい考えで生きていたのです。

 

マスダ トモミ
長くなるので、何回かに分けて書いていっています。では*

 

続きはこちらです。
子供の突然死を経験するということ。3

【子供の突然死を経験するということ。3】すぐ側にいた大切な存在を、失った日。

2018年1月3日

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ABOUTこの記事をかいた人

マスダ トモミ

手刺繍入り画家。 アパレル販売員から、とあることがきっかけで画家活動開始。 ワークショップもやってます。 北海道出身。埼玉県在住。アウトサイダーアート・子供の絵が好き。 現在はおばあちゃんちみたいな平屋で制作中・都会に近い田舎暮らし。 ふがし・チョコ・みかん・庭の剪定が好き。